古代エジプトのデカンとは?棺の蓋の「対角線星表」から占星術のデーカンまで
この記事のポイント
古代エジプトのデカンは、夜に昇る36の星(星群)で、10日ごとに入れ替わって夜の時刻と1年の区切りを示しました。中王国の棺の蓋に描かれた対角線星表のしくみを例で読み、デンデラの黄道帯、ヘレニズム期に10度区分になった経緯までたどります。
西洋占星術の本を開くと、各星座の30度を10度ずつ3つに分けた「デーカン(デカン)」という区分が出てきます。この言葉の起源は古代エジプトです。ただし、エジプトで生まれたデカンは、もともと「10度の区切り」ではありませんでした。夜空に順番に昇ってくる36の星(または星の集まり)で、夜の時刻と1年のめぐりを知るための目印でした。
この記事では、エジプトのデカンが実際にどう使われたのかを、中王国時代の棺の蓋に描かれた星表を例に読み、それがどのようにして占星術の「10度のデーカン」に変わったのかをたどります。
デカンは「10日ごとに入れ替わる夜の星」
古代エジプトの暦(常用暦)は、30日の月が12か月で360日、そこに年末の5日(エパゴメナル、付加日)を足して365日でした。1か月は10日ずつ3つに分けられ、1年は10日単位の区切りが36回と5日になります。
デカンは、この10日の区切りに対応する星です。ある星が日の出前に東の地平線から初めて見えるようになると、その後は毎晩少しずつ早い時刻に昇るようになります。そこでエジプト人は、地平線から昇る星を順番に36個選び、「いま夜の何番目の時刻か」「いま1年のどの10日間か」を星で読み分けました。夜を12の時間に分ける習慣も、この星の観測と結びついていたと考えられています。
デカンの星がどの星にあたるのかは、はっきりとは分かっていません。おおいぬ座のシリウス(エジプト名ソプデト)は確実で、プレアデス星団も有力とされますが、残りの多くは候補があるだけです。Neugebauer と Parker は、デカンは黄道そのものではなく、その南側の帯にある星々だったと考えました。いずれにしても、この時代に「黄道を360度に分けて10度ずつ」という発想はありません。
棺の蓋に描かれた「対角線星表」を読む
デカンを伝える最古級の資料は、第1中間期の終わりから中王国の初め(紀元前2100〜2000年ごろ)の木棺です。長方形の棺の蓋の内側、つまり死者の顔の上に、星の名前を升目に並べた表が描かれました。棺の蓋は空に見立てられていたため、星の表がここに描かれたと考えられています。知られている例は20数点で、多くは中部エジプトのアシュート(Asyut)から出土しています。
代表例のひとつが、アシュート出土で現在はカイロのエジプト博物館にあるメセフティ(Mesehti)の内棺(CG 28118)です。マクマスター大学の古代エジプト天文学データベースでは、この星表は「12行 × 36列」に、デカン名を並べた列が加わる構成と記録されています。
1列が10日、1行が夜の1時間
星表は次のように読みます。
- 横(列):右から左へ36列並び、1列が1年の10日間にあたります。36列 × 10日 = 360日。残りの5日(付加日)には別の扱いがされています。
- 縦(行):12行あり、上から順に夜の第1時〜第12時を示します。
- 升目:その10日間、その時刻の目印になるデカンの名前が入ります。
10日たつと、それまで夜の最初に昇っていたデカンは日没時にはもう高く昇っていて目印に使えなくなり、表から外れます。そのかわり、1つ後ろのデカンが第1時の目印に繰り上がります。こうして同じデカンの名前が、列が1つ進むごとに1行ずつ上へずれていくため、名前が斜めに並んで見えます。これが「対角線星表(diagonal star table)」と呼ばれる理由です。
例:デカンに番号を振って並べてみる
仕組みだけを見るために、デカンを1〜36の番号で表し、最初の4列(最初の40日)を並べると次のようになります。
| 夜の時刻 | 第1列(1〜10日) | 第2列(11〜20日) | 第3列(21〜30日) | 第4列(31〜40日) |
|---|---|---|---|---|
| 第1時 | デカン1 | デカン2 | デカン3 | デカン4 |
| 第2時 | デカン2 | デカン3 | デカン4 | デカン5 |
| 第3時 | デカン3 | デカン4 | デカン5 | デカン6 |
| … | … | … | … | … |
| 第11時 | デカン11 | デカン12 | デカン13 | デカン14 |
| 第12時 | デカン12 | デカン13 | デカン14 | デカン15 |
ルールは「第c列・第r時のデカン = c + r − 1 番目」です。たとえばデカン13は、第2列(11〜20日)では夜の最後の第12時の目印として初めて表に現れ、そこから1列ごとに1時間ずつ早い時刻へ移り、第13列(121〜130日)で第1時の目印になって、次の列で表から消えます。1つのデカンがちょうど12列、つまり120日間、夜のどこかの時刻を受け持つ計算です。
このように、表の1枚で「1年 = 36の10日間(360日)+ 5日 = 365日」と「夜 = 12時間」の両方が表されています。なお、ここでいう「1時間」は、デカンが昇る間隔で決まる時間で、現在の60分とは同じではありません。
補足
実物の星表はこの例ほど単純ではありません。デカンの並び方には大きく2つの系統があり、系統によって「ふつうのデカン」の数が34になるものもあります。書き写しの誤りや、列の飛びがある表も少なくありません。
星時計か、空の暦か
Neugebauer と Parker は、これらの表を夜の時刻を測る「星時計」と解釈し、全3巻の『Egyptian Astronomical Texts』(1960〜1969年)で中王国の星表から後代の天文図までを集成しました。いまも基本文献ですが、解釈は見直されつつあります。
たとえば、星表の研究を続けている Sarah Symons らは、2つの系統のずれは昇る星と沈む星を別々に記録したためではないかと考え、表は実用の時計というより、空のめぐりを記録した暦や星図に近いものだったという見方を示しています。棺の中に描かれた理由についても、死者が星として空に昇るための案内だったという解釈があります。「デカン=星時計」は出発点として分かりやすい説明ですが、確定した答えではないと考えておくのが無難です。
デンデラの円形黄道帯:12星座とデカンが同じ天井に
デカンが外国の天文学と出会った姿を見せてくれるのが、上エジプトのデンデラにあるハトホル神殿の屋上礼拝堂(オシリス礼拝堂)の天井から切り出された円形の黄道帯(デンデラの黄道帯)です。紀元前1世紀中ごろ(紀元前50年前後とする説が有力)の作で、1820年代にフランスへ運ばれ、現在はパリのルーヴル美術館が所蔵しています。神殿の天井には複製がはめ込まれています。
円の内側には、バビロニアから伝わった12星座(牡羊・牡牛…)が描かれ、外周には36のデカンの神々が並んでいます。エジプト古来の星の暦と、メソポタミア起源の黄道12星座が1枚の図に同居している点で、占星術の成り立ちを考えるうえで欠かせない資料です。12星座のもとになったバビロニアの天文観測については、バビロニア占星術の歴史で紹介しています。
10度ずつの「デーカン」になったのはヘレニズム期
アレクサンドロス大王の征服(紀元前332年)以後、プトレマイオス朝のエジプトでは、ギリシアの幾何学的な天文学、バビロニアの黄道12星座と惑星の観測、エジプトのデカンが一つの場で扱われるようになります。この流れのなかで、紀元前2世紀から紀元1世紀ごろにかけて、36のデカンは12星座に3つずつ割り振られ、1つが黄道の10度にあたる区分として占星術に組み込まれました。
現代の西洋占星術のデーカンはこの延長にありますが、中身は一つではありません。古代の占星術書では、各デカンに惑星を一定の順番で当てはめる「顔(フェイス)」という方式が使われました。一方、現代の星座占いでよく見る「第2デーカンは同じエレメントの次の星座の性質を帯びる」という読み方は後の時代の方式で、エジプトの星とは直接の関係がありません。当サイトの誕生日占いの星座×デーカンも、この現代的な区分を使っています。
「心臓の計量」は占星術ではない
古代エジプトの占いを紹介する文章では、『死者の書』の「心臓の計量」がよく一緒に語られます。死者の心臓を天秤にかけ、真理と秩序の女神マアトの象徴である羽根と比べる場面で、アヌビス神が天秤を確かめ、トート神が結果を記録します。大英博物館が所蔵するフネフェルのパピルス(EA 9901)がよく知られた例です。
ここで大切なのは、天秤が釣り合うことが潔白のしるしとされた点です。「心臓が羽根より軽ければ救われる」という説明は図像の読み方として正確ではありません。また、これは死後の裁きを描いた葬送文書で、星で運命を読む占星術とは別の伝統です。デカンと同じく死者のための文書に現れるとはいえ、両者を一つの「エジプト占星術」としてまとめるのは避けたほうがよいでしょう。
参考文献
- O. Neugebauer and R. A. Parker, Egyptian Astronomical Texts, 3 vols. (I: The Early Decans, 1960; II: The Ramesside Star Clocks, 1964; III: Decans, Planets, Constellations and Zodiacs, 1969), Providence: Brown University Press(Brown Egyptological Studies)。所蔵記録: https://library.arce.org/portal/Record/17720
- Sarah Symons and Elizabeth Tasker, "Decoding the Star Charts of Ancient Egypt"(印刷版題 "Stars of the Dead"), Scientific American 313(4), 2015. https://www.scientificamerican.com/article/decoding-the-star-charts-of-ancient-egypt/
- McMaster University, Ancient Egyptian Astronomy database, Diagonal star tables(メセフティ内棺 T1/S1C ほか). https://aea.mcmaster.ca/index.php/en/database/diagonal-star-tables
- Sächsische Akademie der Wissenschaften, "Inner coffin of Mezehti, S1C"(CG 28118). https://sae.saw-leipzig.de/en/documents/inner-coffin-of-mezehti-s1c
- Sylvie Cauville, Le Zodiaque d'Osiris : le Zodiaque de Dendara au Musée du Louvre, 2e éd. corrigée, Leuven: Peeters, 2015.
- 大英博物館, Book of the Dead of Hunefer, EA 9901. https://www.britishmuseum.org/collection/object/Y_EA9901-3
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