バビロニア占星術の歴史|金星の前兆文から最古のホロスコープ(前410年)まで

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この記事のポイント

西洋占星術の源流とされるバビロニアの天の占いを、粘土板の史料でたどります。『金星粘土板』の前兆文を実際に読み、『エヌマ・アヌ・エンリル』『MUL.APIN』、前652年からの天文日誌、前410年の最古のホロスコープまでを年代順に整理します。

「もし第11の月の15日に金星が西に消え、3日のあいだ空に見えず、第11の月の18日に東に現れたなら、泉が開き、アダド神は雨を、エア神は洪水をもたらし、王は王に和平の便りを送るだろう。」

これは、紀元前1千年紀のアッシリアの図書館に残っていた粘土板に書かれた一文です。今の星占いとはずいぶん違って見えますが、西洋占星術の歴史をさかのぼると、こうしたメソポタミアの「天の前兆」の記録に行き着きます。この記事では、バビロニアの天の占いを、実際の粘土板の史料に沿って年代順にたどります。

前兆文を一つ読んでみる:『金星粘土板』の第1項

冒頭の一文は、天の前兆を集めた大全集『エヌマ・アヌ・エンリル』の第63書板、通称「アンミ・ツァドゥカの金星粘土板」の最初の項目です。訳は Erica Reiner と David Pingree による校訂版(1975年)の英訳をもとにしています。大英博物館が所蔵する写本 K.160 は、ニネヴェのアッシュルバニパルの図書館から出た新アッシリア時代(前7世紀)の写しです。

バビロニアの前兆文は「もし〜ならば(条件)、〜が起こる(結果)」という形をとります。この項目を分解すると次のようになります。

部分 内容 読みどころ
条件① 第11の月(シャバトゥ)15日、金星が西の空で見えなくなる 宵の明星として見えていた金星が太陽に近づき、見えなくなる
条件② 3日間、空に見えない 15日 + 3日 = 18日。日付の計算が合っている
条件③ 第11の月18日、金星が東の空に現れる 明けの明星として再び見え始める
結果 泉が開き、雨と洪水がもたらされ、王どうしが和平の便りを交わす 自然(雨・水)と国家(王の外交)についての予兆

ここから分かることが二つあります。一つは、前兆の対象が個人ではなく、天候や王・国家だったことです。もう一つは、条件の部分が「何日に、どちらの空で、何日間」という観測の形で書かれていることです。金星粘土板は、第1王朝バビロンのアンミ・ツァドゥカ王の治世(前17世紀ごろとされます)の観測にさかのぼると考えられ、古代メソポタミアの年代を決める手がかりとしても研究されてきました。ただし伝わる写本には書き写しの間に生じた乱れが多く、どの年代に当てはめるかについては今も議論があります。

『エヌマ・アヌ・エンリル』:約70枚の書板からなる王のための前兆集

『エヌマ・アヌ・エンリル』という名前は、冒頭の言葉「アヌとエンリルが…したとき」から取られています。全体はおよそ70枚の書板に分かれ、Reiner と Pingree の整理によれば、前半の約50枚が月・太陽・気象を、残りの20枚あまりが惑星と恒星の前兆を扱います。古バビロニア時代に原型があり、後の時代に一つの大全集としてまとめられました。

前7世紀のアッシリアでは、学者たちがこの前兆集を引きながら、月食や惑星の見え方について王に報告を送っていました。そうした報告の手紙は Hermann Hunger の編集で『State Archives of Assyria』第8巻(1992年)にまとめられています。天の占いは、王の政治判断を支える国家の仕事だったのです。

『MUL.APIN』:星の名簿と「月の通り道」

前兆集と並ぶ重要な史料が『MUL.APIN』(ムル・アピン、冒頭の星座名「犂(すき)」から)です。2枚の書板からなる天文の手引きで、66の星と星座の名前、それらが昇る日付、太陽・月・惑星の動きの目安、閏月を入れる規則などが書かれています。現存する最古の写本は前686年のもので、内容のもとになった知識は前1000年ごろまでにまとまったと考える研究者が多いとされます。

注目したいのは、月が通る帯にある星座(17〜18個、数え方によります)を並べた箇所です。後の黄道12星座の多くは、ここに挙がる星座から生まれました。ただしこの段階ではまだ「黄道を12等分する」という考え方はありません。

天文日誌:前652年から前61年まで続いた観測記録

バビロンでは、遅くとも前7世紀の半ばから、月や惑星の位置、天気、川の水位、物価などを毎晩・毎月書き留める「天文日誌」が作られました。年代の分かるもっとも古いものは前652年、もっとも新しいものは前61年で、残っている日誌の大半は前400年から前60年のあいだのものです。Abraham Sachs が着手し、Hermann Hunger が完成させた『Astronomical Diaries and Related Texts from Babylonia』(1988年〜)に収められています。

バビロニアの天文学を「4000年にわたる観測の伝統」と紹介する文章がありますが、体系的な観測記録として確かめられるのは、この天文日誌の約600年間が中心です。それより前の時代については、前兆文の中に観測が含まれている、という形で知られています。

12星座と最古のホロスコープ(前410年)

天文日誌の記録が積み重なるなかで、前5世紀ごろまでに、月の通り道を30度ずつの12の区分に分ける黄道12星座(ゾディアック)が使われるようになりました。

これとほぼ同じ時期に現れるのが、個人の誕生時の天体の位置を記した粘土板、いわゆるバビロニアのホロスコープです。現在知られているのは30点ほどで、Francesca Rochberg が1998年に全体をまとめて校訂しました。もっとも古いものは前410年の誕生を記録したものです。

古代史家の Alexander Jones によれば、これらの多くは誕生の日付と天体の位置だけを記したもので、解釈が書かれているのは一部にすぎません。書かれている場合も「彼の日々は長いだろう」「彼には息子ができるだろう」といった短いもので、天体の位置を前兆の一覧に当てはめて引いた言葉と考えられています。また、ギリシアのホロスコープとは違い、誕生の瞬間に東の地平線に昇っていた星座(のちのアセンダント)は記録されていません。

ギリシア、インドへ:受け継がれたものと、分からないこと

アレクサンドロス大王の東方遠征(前334〜前323年)以後、バビロニアの天文学と天の占いはギリシア語圏に伝わり、エジプトのアレクサンドリアを中心に、幾何学的な天文学と結びついて「ヘレニズム占星術」が生まれました。2世紀のプトレマイオス『テトラビブロス』は、その理論をまとめた代表作です。占星術はさらにインドにも伝わり、ギリシア語の占星術書を翻案したとされる『ヤヴァナジャータカ』などを通して、インドのジョーティッシュにも影響を残しました。

一方で、何がどこまでバビロニア由来なのかは慎重に見る必要があります。黄道12星座、惑星と神々の結びつき、前兆を「条件と結果」で書く形式は、バビロニアからの連続がはっきりしています。しかし、惑星どうしの角度で吉凶を読む「アスペクト」の理論については、バビロニアの惑星観測が源流だとする説もあるものの、図形の角度で読む考え方はギリシアの幾何学に負うところが大きく、直接の系譜は確かめられていません。アスペクトの考え方そのものはアスペクトの用語解説で紹介しています。

粘土板を読み解いた研究者たち

バビロニアの数理天文学の研究を大きく進めたのが、科学史家の Otto Neugebauer(1899〜1990年)です。主著『A History of Ancient Mathematical Astronomy』(1975年)は、バビロニア・エジプト・ギリシアの数理天文学を通して扱った基本文献です。Neugebauer の協力者だった Abraham Sachs は、天文日誌やホロスコープの粘土板を数多く読み解き、1952年には論文「Babylonian Horoscopes」を発表しました。

スイス出身の Peter J. Huber は、頑健統計学(ロバスト統計)で知られる統計学者で、バビロニアの日食や金星の記録を統計的に分析し、古代メソポタミアの年代決定の研究にも取り組みました(『Astronomical Dating of Babylon I and Ur III』1982年)。天文学者ではなく統計学者が、古代の観測記録から年代を割り出す研究に貢献した例です。

エジプトで生まれた星の区分が、バビロニアの12星座とどう出会ったかは、古代エジプトのデカンで紹介しています。

参考文献

  • Erica Reiner with David Pingree, Babylonian Planetary Omens, Part One: Enūma Anu Enlil Tablet 63: The Venus Tablet of Ammiṣaduqa(Bibliotheca Mesopotamica 2/1), Malibu: Undena Publications, 1975. https://undena.com/EL-UP/Edited_PDF/BM2.1.pdf
  • 大英博物館, K.160(金星粘土板の写本). https://www.britishmuseum.org/collection/object/W_K-160
  • Hermann Hunger and David Pingree, MUL.APIN: An Astronomical Compendium in Cuneiform(Archiv für Orientforschung, Beiheft 24), Horn: F. Berger, 1989.
  • Abraham J. Sachs and Hermann Hunger, Astronomical Diaries and Related Texts from Babylonia, vols. I–III, Wien: Österreichische Akademie der Wissenschaften, 1988–1996.
  • Hermann Hunger (ed.), Astrological Reports to Assyrian Kings(State Archives of Assyria 8), Helsinki University Press, 1992.
  • A. Sachs, "Babylonian Horoscopes," Journal of Cuneiform Studies 6 (1952), pp. 49–75.
  • Francesca Rochberg, Babylonian Horoscopes(Transactions of the American Philosophical Society 88-1), Philadelphia: American Philosophical Society, 1998.
  • Alexander Jones, "Origins: The Horoscope Casters," Archaeology Odyssey 3(6), 2000. https://archive.nyu.edu/handle/2451/59909
  • O. Neugebauer, A History of Ancient Mathematical Astronomy, 3 parts, Berlin: Springer, 1975.
  • Peter J. Huber, Astronomical Dating of Babylon I and Ur III, 1982.

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この記事はAIの補助を使って下書きし、運営者が内容と日付を確かめてから公開しています。暦の日付は天文計算で求め、春分・秋分などは国立天文台の公表値と照らし合わせています。占いの内容は楽しみとしてお読みください。

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目次

  1. 前兆文を一つ読んでみる:『金星粘土板』の第1項
  2. 『エヌマ・アヌ・エンリル』:約70枚の書板からなる王のための前兆集
  3. 『MUL.APIN』:星の名簿と「月の通り道」
  4. 天文日誌:前652年から前61年まで続いた観測記録
  5. 12星座と最古のホロスコープ(前410年)
  6. ギリシア、インドへ:受け継がれたものと、分からないこと
  7. 粘土板を読み解いた研究者たち
  8. 参考文献
  9. 関連ページ
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