観相学(人相学)入門 ― 人相十二宮・三停・五官は顔のどこを見るのか
この記事のポイント
東アジアの観相学(人相)の基本枠組みである人相十二宮・三停・五官を、清代の『古今図書集成』に収められた相書の記述にもとづいて、顔のどこにあたるかを表で整理。『麻衣相法』と陳摶、水野南北『南北相法』の歴史も紹介します。
人相見が「印堂(いんどう)が明るい」と言うとき、指しているのは両眉のあいだです。東アジアの観相学(人相学)では、顔のそれぞれの場所に名前と意味が割り当てられていて、その割り当て方にはおおよその共通の型があります。この記事では、その型の中心である人相十二宮・三停・五官が顔のどこを指すのかを、古典の記述にもとづいて整理します。
あらかじめお断りしておくと、ここで紹介するのは伝統としての読み方です。顔立ちが性格や運命、健康を決めるという主張を裏づける科学的な根拠はありません。
相書の系譜:『麻衣相法』と水野南北
人の顔や体つきを見て将来を占う話は、『春秋左氏伝』や『史記』など中国の古い史書にすでに見えます。それが体系だった書物の形をとったものの代表が、宋代以降に広まった『麻衣相法』です。麻衣道者(まいどうじゃ)という伝説上の隠者が、華山の道士・陳摶(ちんたん、希夷先生とも。?〜989年、生年は871年とする説など諸説あり)に授けたものと伝えられますが、実際には後世の人がその名に仮託して編んだものと考えられています。
明代には、さまざまな相書を集めた『神相全編』が広く読まれました。清代の大型類書『古今図書集成』の芸術典には、こうした相書の内容が収められていて、以下の表もその記述を基にしています。
日本では江戸時代後期、大坂の観相家・水野南北(1760年ごろ〜1834年。生年は1757年とする資料もある)が名高い人物です。『南北相法』(1788年刊)で相法をまとめ、のちの『相法脩身録』(1812〜13年ごろ刊)では、飲食を慎むことで運は変わりうると説きました。生まれつきの顔立ちより日々の暮らし方を重く見たこの考え方は、南北の大きな特色とされています。
三停:顔を縦に三つに分ける
いちばん大まかな見方が三停です。『古今図書集成』所収の相書は、次のように区切っています。
| 区分 | 範囲 | 伝統的に結びつけられる時期 |
|---|---|---|
| 上停 | 髪の生え際から眉間まで(額) | 若年期 |
| 中停 | 眉間から鼻(鼻先)まで | 中年期 |
| 下停 | 鼻の下(人中)から顎まで | 晩年 |
三つの長さがおおむね等しいことをよしとし、どこが長いか、どこが豊かかで人生のどの時期に重みがあるかを読む、というのが伝統的な見方です。
五官:眉・眼・耳・鼻・口の役目
五官は、顔の5つの器官をそれぞれ「官(役目)」に見立てたものです。
| 器官 | 名称 | 意味 |
|---|---|---|
| 眉 | 保寿官 | 寿命を保つ役 |
| 眼 | 監察官 | 物事を見て察する役 |
| 耳 | 採聴官 | 聞き取る役 |
| 鼻 | 審辨官 | 見分ける役 |
| 口 | 出納官 | 出し入れする役 |
名称はいずれも同じ相書の記述によります。目は心の動きが最も表れる場所として、古くから特に重視されてきました。
人相十二宮:顔の12の場所
十二宮は、顔の12の場所に人生のテーマを割り当てたものです。『古今図書集成』所収の「十二宮」の記述にもとづくと、次のようになります。
| 宮 | 顔の位置 | 原文の要点 | 伝統的に読むテーマ |
|---|---|---|---|
| 命宮 | 両眉のあいだ(印堂)、鼻の付け根の上 | 居兩眉之間、山根之上 | 全体の運勢 |
| 財帛宮 | 鼻 | 鼻乃財星 | 財運 |
| 兄弟宮 | 両眉 | 位居兩眉 | 兄弟・友人 |
| 田宅宮 | 両眼 | 位居兩眼 | 家や土地 |
| 男女宮 | 両眼の下(涙堂) | 位居兩眼下、名曰淚堂 | 子ども |
| 奴僕宮 | 顎の下部(地閣) | 位居地閣 | 目下・部下 |
| 妻妾宮 | 目尻(魚尾、奸門) | 位居魚尾、號曰奸門 | 配偶者・結婚 |
| 疾厄宮 | 鼻の付け根(山根)、印堂の下 | 印堂之下、位居山根 | 健康 |
| 遷移宮 | 眉尻の上(眉角、天倉) | 位居眉角、號曰天倉 | 移動・旅 |
| 官禄宮 | 額の中央(中正) | 位居中正 | 仕事・地位 |
| 福徳宮 | 天倉から地閣にかけて | 位居天倉、牽連地閣 | 福分 |
| 相貌宮 | 顔全体 | 先觀五嶽、次辨三停 | 総合的な印象 |
いくつか補足します。
- 田宅宮を「目と眉のあいだ(上まぶた)」とする解説書もあり、位置の説明は本によって少しずつ違います。上の表は一つの古典の記述です。
- この相書は、別の箇所で額の左右の「日角・月角」を父母にあてる記述も載せています。十二宮の数え方そのものに、版や流派による揺れがあります。
- 疾厄宮は健康を読む場所とされてきましたが、これは伝統上の割り当てです。体の不調が気になるときは、顔ではなく医療機関で確かめてください。
紫微斗数にも「命宮」「財帛宮」などの名をもつ十二宮がありますが、あちらは生年月日から作る命盤の区画で、顔の場所ではありません。名前が似ているだけで別の体系です。詳しくは紫微斗数の十二宮の記事をご覧ください。
西洋の骨相学とは別の系統
19世紀のヨーロッパで流行した骨相学は、頭蓋骨の凹凸から脳の働きと性格を読もうとした学説で、東アジアの観相学とは成り立ちが異なります。骨相学は医学・科学の装いをとり、その後否定されました。観相学のほうは、古くから占いの一つとして伝わってきたものです。手相なども含めた身体の占い全体は身体占いのページにまとめています。
顔で人を判断することの危うさ
心理学の研究では、人は顔を見て一瞬で「信頼できそう」「有能そう」といった印象を持ち、しかもその印象は実際の性格とはあまり一致しないことが繰り返し示されています。顔立ちによる判断は、思い込みや偏見を強めることもあります。
観相学を楽しむなら、自分の顔を鏡で見ながら「伝統ではここをこう読む」と知る程度にとどめ、他人の採用や交際、信用を顔で決める材料にはしない、というのが無理のない付き合い方です。水野南北が顔立ちより暮らしぶりを重く見たことも、この点で参考になります。
参考文献
- 『欽定古今図書集成』博物彙編 芸術典 第631巻(相術部。三停・五官・十二宮の記述)維基文庫 https://zh.wikisource.org/wiki/欽定古今圖書集成/博物彙編/藝術典/第631卷
- 水野南北『南北相法』1788年
- 水野南北『相法脩身録』1813年
- Alexander Todorov, Face Value: The Irresistible Influence of First Impressions, Princeton University Press, 2017
- 陳摶(Chen Tuan)の項 China Biographical Database(CBDB) https://cbdb.fas.harvard.edu/cbdbapi/person.php?id=0010099
この記事について
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