四柱推命入門 - 実例でたどる命式の出し方と10通変星・大運
この記事のポイント
四柱推命の命式を、1994年2月3日14時20分生まれという実例で一から組み立てます。立春と節入りで決まる年柱・月柱、日柱の確かめ方、五虎遁・五鼠遁、通変星の割り振り、大運の向きまでを表で解説します。
節分の日、2月3日に生まれた人の「生まれ年の干支」は何でしょうか。カレンダーの上ではその年の干支ですが、四柱推命では前の年の干支として扱います。四柱推命の命式は元日ではなく立春を年の始まりとし、月も1日ではなく節入りで切り替わる「節気の暦」で組むからです。
この記事では、架空の人物「1994年2月3日14時20分、東京生まれ」の命式を実際に組み立てながら、四柱推命の基本である四柱、通変星、大運を順に説明します。占いの結果を当てることが目的ではなく、命式がどんな規則で決まるのかを手で追えるようになることを目指します。
「四柱推命」は日本での呼び名
生まれた年・月・日・時刻をそれぞれ干支(十干と十二支の組み合わせ)で表すと、4本の柱に8文字が並びます。これが命式で、中国では「八字」「子平」「命理」などと呼ばれます。「四柱推命」という名前は中国の原書には見えず、日本で使われるようになった呼称です。
起源をたどると、唐の李虚中(761〜813)が生まれた年・月・日の干支で人の寿命や貴賤を推したと、韓愈が書いた墓誌銘に記されています。これに生まれた時刻の柱を加え、生まれた日の天干(日干)を本人として読む方法が、宋代の徐子平(徐居易)に結びつけられ、「子平術」と呼ばれるようになりました。徐子平の活動時期は史料が乏しく、はっきりしません。その後、宋の徐大升の作とされる『淵海子平』、明の万民英『三命通会』、明の劉基の作とされる『滴天髄』、清の沈孝瞻『子平真詮』などが代表的な古典として読み継がれています。
日本では、仙台藩の儒学者・桜田虎門(1774〜1839)が『淵海子平』を訳した『推命書』が、確認できる最古の書とされます。文政元年(1818)の自序があり、刊行はそれより後とする解説があります。明治期にも版を重ね、国立国会図書館には明治34年(1901)京都・風祥堂刊の本が所蔵されています。昭和期に広く普及させた人物としては阿部泰山が知られ、戦後には『阿部泰山全集』(京都書院)が刊行されました。国立国会図書館の典拠データは阿部泰山の本名を阿部熹作としており、その名義の『四柱推命学大奥極秘伝』(大正3年・1914)も同館に所蔵されています。
命式は元日ではなく「節気の暦」で組む
四柱を出すときの区切りは、次のとおりです。
| 柱 | 何で切り替わるか | 注意点 |
|---|---|---|
| 年柱 | 立春(2月4日前後)の瞬間 | 1月1日や旧正月では切り替えない |
| 月柱 | 毎月の節入り(立春・啓蟄・清明など12の「節」) | 月の1日ではなく、5日前後や7日前後に切り替わる |
| 日柱 | 60日で一巡する日の干支 | 暦の上の日付ごとに一つずつ進む |
| 時柱 | 2時間ごとの十二支(子の刻=23〜1時、丑の刻=1〜3時…) | 時の天干は日干から決まる |
月を区切る「節」は、二十四節気のうち一つおきの12個です。寅月は立春から啓蟄の前まで、卯月は啓蟄から清明の前まで、というように進み、丑月(小寒から立春の前まで)で一年が終わります。節入りの日時は年によって前後するため、命式を組むにはその年の暦が必要です。
実例:1994年2月3日14時20分(東京)生まれの四柱
この例の節入りの日時は、当サイトの暦データ(太陽黄経から求めた日本時間)を使います。
- 1994年の小寒:1月5日22時48分ごろ
- 1994年の立春:2月4日10時30分ごろ
年柱:立春の前なので「癸酉」
1994年の干支は甲戌ですが、2月3日は立春の前です。そのため年柱は前年1993年の癸酉になります。節分と立春が年の境目と言われるのは、この数え方に由来します。
月柱:丑月の干を「五虎遁」で出す
2月3日は小寒(1月5日)と立春(2月4日)の間なので、月支は丑です。月の天干は年の天干から決まり、寅月の干を求める早見が「五虎遁(ごことん)」です。
| 年の天干 | 寅月の干支 |
|---|---|
| 甲・己 | 丙寅 |
| 乙・庚 | 戊寅 |
| 丙・辛 | 庚寅 |
| 丁・壬 | 壬寅 |
| 戊・癸 | 甲寅 |
年干は癸なので寅月は甲寅です。そこから卯月=乙卯、辰月=丙辰…と干支を一つずつ進めると、子月が甲子、その次の丑月が乙丑になります。癸酉年の丑月は1994年1月にあたるので、年が改まる前の最後の月です。
日柱:60日周期を数えて「庚申」
日の干支は、月や年と関係なく60日で一巡します。当サイトの暦データでは1994年2月3日は庚申です。
別の方法でも確かめておきます。同じ暦データで2026年1月1日は乙亥(六十干支の12番目)です。1994年2月3日から2026年1月1日までは11,655日あり、60で割ると余りは15です。乙亥から15さかのぼると、六十干支の57番目にあたる庚申になり、一致します。
時柱:日干から「五鼠遁」で出す
14時20分は未の刻(13〜15時)です。東京の経度(東経139.7度)で地方時に直すと日本標準時より約19分進んで14時39分ごろになりますが、どちらでも未の刻に変わりはありません。時の天干は日干から決まり、子の刻の干を求める早見を「五鼠遁(ごそとん)」と呼びます。
| 日の天干 | 子の刻の干支 |
|---|---|
| 甲・己 | 甲子 |
| 乙・庚 | 丙子 |
| 丙・辛 | 戊子 |
| 丁・壬 | 庚子 |
| 戊・癸 | 壬子 |
日干は庚なので子の刻は丙子です。丑=丁丑、寅=戊寅…と進めると、未の刻は癸未になります。
できあがった命式
| 時柱 | 日柱 | 月柱 | 年柱 | |
|---|---|---|---|---|
| 天干 | 癸 | 庚 | 乙 | 癸 |
| 地支 | 未 | 申 | 丑 | 酉 |
命式は右から年・月・日・時と並べるのが一般的です。この四柱(癸酉・乙丑・庚申・癸未)は、公開されている命盤計算ライブラリ(iztro)に同じ日時を入れた結果とも一致しました。
日干「庚」から見た10通変星
日柱の天干、この例では庚(陽の金)が本人を表します。ほかの干を、日干との五行の関係(同じ・生じる・剋す・剋される・生じられる)と陰陽の異同で10通りに分けたものが通変星です。
| 日干との関係 | 陰陽が同じ | 陰陽が異なる |
|---|---|---|
| 同じ五行 | 比肩 | 劫財 |
| 日干が生じる五行 | 食神 | 傷官 |
| 日干が剋す五行 | 偏財 | 正財 |
| 日干を剋す五行 | 偏官(七殺) | 正官 |
| 日干を生じる五行 | 偏印(倒食) | 印綬(正印) |
庚は金です。金は水を生じ、木を剋し、火に剋され、土に生じられます。これを命式の各干に当てはめると次のようになります。
| 位置 | 干 | 五行・陰陽 | 庚との関係 | 通変星 |
|---|---|---|---|---|
| 年干 | 癸 | 水・陰 | 庚が生じる | 傷官 |
| 月干 | 乙 | 木・陰 | 庚が剋す | 正財 |
| 時干 | 癸 | 水・陰 | 庚が生じる | 傷官 |
| 年支 酉(本気 辛) | 辛 | 金・陰 | 同じ五行 | 劫財 |
| 月支 丑(本気 己) | 己 | 土・陰 | 庚を生じる | 印綬 |
| 日支 申(本気 庚) | 庚 | 金・陽 | 同じ五行 | 比肩 |
| 時支 未(本気 己) | 己 | 土・陰 | 庚を生じる | 印綬 |
伝統的には、比肩・劫財は自分と同じ力、食神・傷官は表現や生み出す力、偏財・正財は自分が扱う財や対象、偏官・正官は自分を律するもの、偏印・印綬は自分を支える学びや庇護、と象徴的に読まれます。この例では月干に正財、年干と時干に傷官が出ていますが、これだけで性格や運勢を決めつけることはしません。実際の鑑定では、日干の強弱や季節(生まれ月)とのかかわりを合わせて判断します。
地支の通変星は「蔵干」の取り方で変わる
天干は一文字なので通変星がすぐ決まりますが、地支には複数の干が含まれるとされ、これを蔵干と呼びます。たとえば丑には己・癸・辛、未には己・丁・乙、申には庚・壬・戊、酉には辛(流派によって庚も)が含まれます。
上の表では各地支の主となる干(本気)だけを使いました。日本の流派には、節入りから生まれた日までの日数で、どの蔵干を採るかを決める方法(阿部泰山系などで用いられる)もあり、その場合は地支の通変星が上の表と違うことがあります。命式作成サイトによって地支の通変星が異なって見えるのは、主にこの違いのためです。
参考までに、天干と地支の本気だけで8文字の五行を数えると、金3(酉・庚・申)、水2(癸・癸)、土2(丑・未)、木1(乙)、火0になります。火は未の蔵干(丁)に含まれるだけです。こうした偏りを見て、命式の釣り合いに必要な五行(用神)を考えるのが、子平術の伝統的な読み方です。
大運は性別と年干の陰陽で向きが変わる
大運は、月柱の干支を起点に10年ごとの干支を並べたものです。進む向きは次の規則で決まります。
- 年干が陽(甲丙戊庚壬)の男性と、年干が陰(乙丁己辛癸)の女性は順行(干支を先へ進める)
- 年干が陰の男性と、年干が陽の女性は逆行(干支をさかのぼる)
この例の年干は癸(陰)です。
| 向き | 大運の干支(最初の3つ) | 起算に使う節入り | |
|---|---|---|---|
| 男性の場合 | 逆行 | 甲子 → 癸亥 → 壬戌 | 直前の節入り(小寒・1月5日22時48分ごろ) |
| 女性の場合 | 順行 | 丙寅 → 丁卯 → 戊辰 | 直後の節入り(立春・2月4日10時30分ごろ) |
最初の大運が始まる年齢(立運)は、生まれた時刻から起算する節入りまでの日数を3で割って求めるのが一般的です(3日を1年とみなす)。男性の場合は小寒から約28.6日なので約9.5歳、女性の場合は立春まで約0.8日なので0歳台になります。端数の扱いや数え年・満年齢のどちらを使うかは流派によって異なります。
その年ごとの干支(流年)は、大運と重ねて読みます。たとえば2026年の干支は丙午で、日干の庚から見ると丙は偏官にあたります。
よくある質問
23時台に生まれた場合、日柱はどちらの日になりますか?
子の刻は23時から翌1時までで、日付をまたぎます。23時を過ぎたら翌日の日柱とする考え方と、0時までは当日の日柱のまま時柱だけ子の刻とする考え方(夜子時を立てる説)があり、流派によって分かれます。この時間帯の生まれの人は、作成サイトがどちらの方式を採っているかを確かめてください。
生まれた時刻が分からなくても命式は作れますか?
年・月・日の三柱までは作れます。時柱がないと時干の通変星と、時支の蔵干が決まりません。立春や節入りの当日に生まれた人は、時刻によって年柱・月柱まで変わることがあるので、母子手帳などで時刻を確かめる価値があります。
四柱推命と算命学は同じものですか?
どちらも干支と五行を使いますが、算命学は日本で体系化された別の流派で、星の名前や並べ方、読み方が異なります。同じ生年月日でも、表に出てくる言葉が違うのはそのためです。
関連ページ
参考文献
- 桜田虎門『推命書:仮名附』風祥堂、1901年(国立国会図書館デジタルコレクション) https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I760481
- 阿部泰山『阿部泰山全集 第2(四柱推命学鑑定法)』京都書院、1954年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000878554
- 阿部熹作『四柱推命学大奥極秘伝』矢島誠進堂書店、1914年 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I918920
- 国立国会図書館 典拠データ「阿部, 泰山」 https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00000259
- 韓愈「殿中侍御史李君墓誌銘」(『昌黎先生文集』所収)
- iztro(紫微斗数・八字の計算ライブラリ) https://github.com/SylarLong/iztro
この記事について
この記事はAIの補助を使って下書きし、運営者が内容と日付を確かめてから公開しています。暦の日付は天文計算で求め、春分・秋分などは国立天文台の公表値と照らし合わせています。占いの内容は楽しみとしてお読みください。