奇門遁甲・太乙神数・六壬神課入門 - 「三式」の成り立ちと六壬の四課・三伝の出し方

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  • 太乙神数
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この記事のポイント

奇門遁甲・太乙神数・六壬神課をまとめて「三式」と呼ぶ由来を、唐の官制や日本の記録からたどります。後半では六壬神課の四課と三伝を、2026年10月4日午の刻という実例で月将・天地盤から組み立てます。

唐の官制をまとめた『唐六典』の太卜署の条に、「凡そ式占は三式の同異を弁ず」という一節があります。注によれば、その三式とは雷公式・太一式・六壬式で、雷公式と太一式は民間で持つことが禁じられ、六壬式は士人も庶民も用いたとされます。

現在、日本で「三式」といえば奇門遁甲・太乙神数・六壬神課の三つを指すのが一般的ですが、唐代の官制では奇門遁甲の代わりに雷公式が数えられていました。どれも「式」と呼ばれる回転盤(式盤)を使い、天の動きを写した盤の上で吉凶を読む占いです。この記事では、三つの式の違いを文献に沿って整理したうえで、六壬神課の基本である四課と三伝を一つの例で実際に組み立てます。

三つの式は何を占うとされてきたか

三式はいずれも干支・二十四節気・十二支の方位を材料にしますが、伝統的には次のように使い分けられたと説明されます。

主に占う対象 盤の基本
太乙神数 国家の命運、天候・災異、戦の大勢 十六神と呼ぶ16の位置を配し、太乙(太一)神の居場所を年ごとに求める盤
奇門遁甲 出陣・出行の方角と時刻の吉凶 九宮に三奇六儀・八門・九星などを配した盤
六壬神課 個別の事柄(来客、失せ物、訴訟、病の経過など) 十二支の天盤と地盤を重ねた盤

太乙神数の代表的な古典『太乙金鏡式経』は、唐の王希明の撰とされます。『四庫全書』に収められた本の提要は、皇帝の命を受けて作られた書物だと説明しています。同時に、宋の景祐元年(1034)までの推算が含まれており、後世に書き加えられた部分があるとも指摘しています。奇門遁甲は黄帝や太公望、諸葛亮に結びつける伝承がありますが、いずれも後世の仮託と考えられています。

六壬神課の古典としては、唐の徐道符『六壬心鏡』や、明の陳公献『大六壬指南』などが知られています。

日本の記録に残る遁甲と式

日本の記録で早いのは『日本書紀』推古天皇10年(602)の条です。百済の僧・観勒が暦本、天文地理書、遁甲方術の書をもたらしました。書生のうち陽胡玉陳が暦法を、大友村主高聡が天文と遁甲を学んだとされます。

同じく『日本書紀』天武天皇紀は、天武天皇が若いころから「天文・遁甲を能くした」と記しています。壬申の乱(672)の途中、横河の上空に黒雲が広がったときには、天皇が自ら式を手に取って占い、「天下両分の祥なり。然れども朕遂に天下を得むか」と述べた、という記事があります。陰陽寮という役所の名が初めて見えるのも天武天皇4年(675)の記事です。

平安時代には安倍晴明が六壬式占の手引き『占事略決』を著しました。成立年は、写本の奥書から永観元年(983)とする説と天元2年(979)とする説があります。陰陽寮の式占は六壬が中心で、その技法は安倍家(のちの土御門家)に伝えられました。

実例:六壬神課の四課を組む

ここからは、2026年10月4日(日の干支は辛亥)の午の刻(11〜13時)に占った場合を例に、四課を組み立てます。

手順1:月将を決める

月将は、太陽が黄道上のどこにいるかを十二支で表したもので、二十四節気の中気(雨水・春分・穀雨…)ごとに替わります。

中気 月将 中気 月将
雨水 亥(登明) 処暑 巳(太乙)
春分 戌(河魁) 秋分 辰(天罡)
穀雨 酉(従魁) 霜降 卯(太衝)
小満 申(伝送) 小雪 寅(功曹)
夏至 未(小吉) 冬至 丑(大吉)
大暑 午(勝光) 大寒 子(神后)

2026年の秋分は9月23日、霜降は10月23日なので、10月4日の月将は辰です。

手順2:天盤を地盤に重ねる

地盤は十二支を方位どおりに並べた固定の盤です。その上に、月将の辰を占った時刻の午の位置に重ねるように天盤を回します。辰は午より二つ手前の支なので、地盤のどの支の上にも、二つ手前の支が乗ります。

地盤 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥
天盤 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉

手順3:日干の寄宮から四課を立てる

日干は地盤に置き場がないため、決まった支に「寄せ」ます。これを寄宮と呼びます。

日干 甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
寄宮 寅 辰 巳 未 巳 未 申 戌 亥 丑

四課は、下の字と、その上に乗る天盤の字の組で作ります。

  • 第一課:日干(辛)の寄宮は戌。地盤の戌の上は申
  • 第二課:第一課の上の申を地盤で探すと、その上は午
  • 第三課:日支(亥)の上は酉
  • 第四課:第三課の上の酉を地盤で探すと、その上は未
第四課 第三課 第二課 第一課
上(天盤) 未(土) 酉(金) 午(火) 申(金)
下 酉(金) 亥(水) 申(金) 辛(金)
上下の関係 土生金 金生水 火剋金(上が下を剋す) 比和

手順4:三伝を発する

三伝(初伝・中伝・末伝)は、四課の上下の剋し合いから選びます。下が上を剋すもの(賊)を優先し、なければ上が下を剋すもの(剋)を見ます。

この例では賊はなく、上が下を剋すのは第二課(午が申を剋す)だけです。剋が一つだけのときは、その上の字をそのまま初伝とします。これを元首課といいます。

  • 初伝:午
  • 中伝:地盤の午の上にある辰
  • 末伝:地盤の辰の上にある寅

日干の辛(金)から見ると、初伝の午(火)は自分を剋す「官鬼」、中伝の辰(土)は自分を生じる「父母」、末伝の寅(木)は自分が剋す「妻財」にあたります。また辛亥は甲辰から始まる旬に属するので、寅と卯が空亡で、末伝の寅は空亡に当たります。伝統的な読み方では、こうした六親や空亡に、十二天将(貴人・螣蛇・朱雀…)の配置を加えて問いに答えます。

賊や剋が複数あるとき、あるいは一つもないときには、比用・渉害・遥剋・昴星・別責・八専・伏吟・返吟と呼ばれる別の規則で三伝を発します。賊剋法を含めたこの九通りを「九宗門」と呼びます。この例の四課と三伝は、六壬の計算ライブラリ(kinliuren)で同じ条件を計算した結果とも一致しました。

奇門遁甲の「局」は節気で決まる

奇門遁甲も、盤を組む出発点は二十四節気です。冬至から夏至の前までは「陽遁」、夏至から冬至の前までは「陰遁」とし、節気ごとに上元・中元・下元の三つの局数を割り当てます。たとえば冬至の上元は陽遁一局、夏至の上元は陰遁九局です。局数が決まると、九宮に三奇(乙・丙・丁)と六儀(戊・己・庚・辛・壬・癸)を陽遁なら順に、陰遁なら逆に配置し、さらに時刻の干支から八門と九星の位置を出します。

どの日から上元とするかには、節気の日と日の干支を合わせるために閏局を置く「置閏法」と、節気の切り替わりで機械的に区切る「拆補法」の二つの方式があります。同じ日時でも局数が変わることがあるので、奇門遁甲の盤を比べるときは方式をそろえる必要があります。

関連ページ

参考文献

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この記事はAIの補助を使って下書きし、運営者が内容と日付を確かめてから公開しています。暦の日付は天文計算で求め、春分・秋分などは国立天文台の公表値と照らし合わせています。占いの内容は楽しみとしてお読みください。

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目次

  1. 三つの式は何を占うとされてきたか
  2. 日本の記録に残る遁甲と式
  3. 実例:六壬神課の四課を組む
  4. 奇門遁甲の「局」は節気で決まる
  5. 関連ページ
  6. 参考文献
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