GLOSSARY · 日本古代宗教

陰陽道とは

読み: おんみょうどう

意味

陰陽道は、中国から伝わった陰陽五行説や暦の知識をもとに、日本で独自に発展した占い・暦・天文・まじないの体系です。

陰陽道は「おんみょうどう」と読み、「おんようどう」とも読まれます。古代の朝廷では陰陽寮(おんみょうりょう)という役所が置かれ、占い・天文・暦・時刻の管理を担いました。そこに属して仕事をした人たちが陰陽師(おんみょうじ)です。

国の行事の日取りや方角を決めたり、天文の異変を読み解いたりと、陰陽道は政治や貴族の暮らしと深く結びついていました。

語源

日本。飛鳥時代以降に中国の思想や技術を取り入れて形づくられたとされます

由来と歴史

7世紀初め、百済の僧・観勒(かんろく)が暦や天文、遁甲などの書物をもたらしたと『日本書紀』に記されています。天武天皇の時代には陰陽寮の存在が記録に見え、律令制のもとで制度として整えられました。

平安時代には賀茂氏と安倍氏が陰陽道を担う家として知られるようになり、なかでも安倍晴明(921〜1005年)は多くの説話で語られる人物です。のちに賀茂氏が暦道、安倍氏が天文道を受け継いだとされます。陰陽寮は明治3年(1870年)に廃止されました。

主な役割と技術

陰陽寮では、主に次のような仕事が行われたとされます。

  • 占い:式盤などを使った占い(六壬神課など)
  • 暦:暦を作り、日ごとの吉凶(暦注)を定める
  • 天文:星や天体の異変を観測し、意味を読み解く
  • 漏刻:水時計で時刻を管理する

今の暮らしに残るもの

陰陽道に関わる考え方は、今も身近な習慣に残っています。凶とされる方角を避けて別の方角を経由する「方違え(かたたがえ)」、身を慎む「物忌み」、鬼門を慎む考え方などがその例です。節分の豆まきのもとになった追儺(ついな)の儀式や、暦注の多くにも陰陽道の影響があるとされます。

よくある誤解

小説や映画の影響で、陰陽師は呪術で妖怪と戦う人というイメージが強くありますが、実際の陰陽寮の仕事の中心は暦や天文、占いといった実務でした。また、陰陽道は中国の思想をそのまま取り入れたものではなく、神道や仏教とも混じり合いながら日本で独自に形づくられたものとされます。

よくある質問

Q. 陰陽道と陰陽五行説の違いは何ですか?
A. 陰陽五行説は中国の思想で、陰陽道はそれを土台に暦・天文・占いなどを組み合わせて日本で発展した体系です。
Q. 安倍晴明はどんな人物ですか?
A. 平安時代中期の陰陽師で、天文の分野で活躍したとされます。不思議な力を持つ人物として多くの伝説が残っていますが、その多くは後世の説話です。
Q. 方違えとはどんな習慣ですか?
A. 出かける先の方角が凶とされるとき、いったん別の方角の場所に泊まるなどしてから目的地へ向かい、方角を変える習慣です。平安時代の貴族の日記や物語にもたびたび登場します。
Q. 今のカレンダーにも陰陽道の影響はありますか?
A. あります。暦注や方位の吉凶、節分の行事などに陰陽道に由来するとされる考え方が残っています。ただし六曜は陰陽道ではなく、中国から伝わった別の系統とされます。

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参考文献

  • 『陰陽道の発達と展開』 — 村山修一 (1994)
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