前世療法(ヒプノセラピー)とは - セッションの流れと「偽りの記憶」の研究
この記事のポイント
催眠で「前世」を語ってもらう前世療法について、1956年のブライディ・マーフィー事件、一回のセッションの流れ、スティーヴンソン・ワイス・ニュートンの違い、ロフタスやスパノスによる偽りの記憶の研究、受ける前に確かめたいことを整理します。
1952年、アメリカ・コロラド州の実業家でアマチュア催眠術師のモーリー・バーンスタインは、近所の主婦ヴァージニア・タイを催眠に導き、「生まれる前」までさかのぼるよう暗示しました。すると彼女は、1798年にアイルランドのコークで生まれたブライディ・マーフィーという女性として、アイルランド訛りで語り始めます。1956年にこのセッションをまとめた『The Search for Bridey Murphy』が出版されると全米で話題になり、同じ年には映画にもなりました。
この事件は、催眠で語られた「前世」がどこから来るのかという問いを、今も考えさせる例になっています。この記事では、前世療法で実際に何が行われるのかと、記憶の研究からわかってきたことを順に見ていきます。
ブライディ・マーフィーは誰だったのか
出版後、新聞各社が記者をアイルランドに送って裏づけを探しましたが、ブライディの出生や死亡の記録は見つかりませんでした。語られた内容には当時の事情に合わないもの(たとえば、まだ存在しなかった教会や大学の名前)も含まれていました。
一方、新聞の調査は、タイが子ども時代を過ごしたシカゴの家の近所に、ブライディ・マーフィー・コーケルというアイルランド出身の女性が住んでいたことを伝えます。タイは十代のころ、芝居でアイルランド訛りを演じたこともありました。そこで、幼いころに聞いて忘れていた話や人の名前が、催眠のなかで「自分の前世の記憶」として出てきたのではないか、という説明が有力になります。本人がもとの出どころを忘れたまま、記憶を新しい体験のように思い出す現象を、心理学ではクリプトムネジア(潜在記憶)と呼びます。
ただし、この事件の「種明かし」とされる話にも、あとから誇張された部分があると指摘する研究者もいます。確実に言えるのは、催眠下で語られた生々しい物語であっても、それだけでは過去に実在した人物の記憶だという証拠にならない、ということです。
一回のセッションはこう進む
前世療法(past-life regression therapy)は、催眠やイメージ誘導で深くリラックスした状態に導き、そこで浮かんだ「前世」の場面を手がかりに、今の悩みを考えていく手法です。実践者によって細部は違いますが、一般的には次のような流れをとります。所要時間は1〜3時間ほどが多いようです。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 1. 面談 | 今の悩み、受けたい理由、通院や服薬の状況を聞き取る |
| 2. リラクセーション | 呼吸や筋肉の緩め方で、体と気持ちを落ち着かせる |
| 3. 催眠誘導 | 階段を下りる、扉をくぐるなどのイメージで、意識を内側に向ける |
| 4. 年齢退行 | 子どものころの場面、さらに「生まれる前」へとさかのぼるよう誘導する |
| 5. 場面の探索 | 見えるもの、自分の姿、感情を、実践者の質問に答えながら言葉にする |
| 6. 人生の終わりと振り返り | その人生の最期の場面と、そこで感じたことを言葉にする |
| 7. 覚醒 | ゆっくり普段の意識に戻る |
| 8. 話し合い | 体験が今の自分にとってどんな意味を持つかを話し合う |
何も浮かばない人、断片的なイメージしか見えない人も少なくありません。
スティーヴンソン、ワイス、ニュートンは何が違うか
前世療法の話によく出てくる三人は、立場がかなり違います。
イアン・スティーヴンソン(バージニア大学の精神科医)は、療法の人ではありません。『Twenty Cases Suggestive of Reincarnation』(1966年)をはじめ、「前世を覚えている」と語る幼い子どもの事例を世界各地で調べ、1997年には生まれつきのあざと前世の記憶を結びつけた『Where Reincarnation and Biology Intersect』を出しました。そのスティーヴンソン自身が、1994年の論文で、催眠による前世退行はほとんどの場合、空想や歴史小説などから組み立てられたもので、本物の記憶の証拠はまれだと批判しています。
ブライアン・ワイスは、コロンビア大学を卒業後、イェール大学医学部で医学博士号を取得し、マイアミのマウントサイナイ医療センターで精神科の部長を務めた精神科医です。『Many Lives, Many Masters』(1988年、日本語訳『前世療法』1991年)で、患者「キャサリン」が催眠中に前世を語り、症状が和らいだという体験を書き、前世療法を広く知らしめました。
マイケル・ニュートンは催眠療法家で、『Journey of Souls』(1994年)、『Destiny of Souls』(2000年)で、前世と前世のあいだの「中間生」を探るセッションを紹介しました。
「思い出した」記憶はどこから来るか
心理学からの最大の論点は、催眠や誘導的な質問が、実際にはなかった出来事の記憶をつくり出してしまうことです。
- ロフタスの「ショッピングモールで迷子」研究(1995年):エリザベス・ロフタスらは、実在の子ども時代の出来事三つに、「ショッピングモールで迷子になった」という作り話を一つ混ぜて24人の参加者に聞かせました。そのうち6人(25%)が、作り話の出来事を部分的に、あるいははっきり「覚えている」と答えました。2023年に123人で行われた追試でも、35%が偽りの記憶を報告したとされています(何を「記憶」と数えるかには議論があります)
- スパノスらの前世退行実験(1991年):ニコラス・スパノスらは、催眠で前世へ退行させる実験を重ねました。前世の人物として語った参加者は、その時代の人なら間違えないような歴史上の誤りをしばしば口にしました。また、事前に前世退行をどう説明するかを変えると、語られる前世の中身も大きく変わりました。体験が鮮明だった人ほど「本当に前世を生きた」と感じやすいこともわかっています
スパノスは遺著『Multiple Identities and False Memories』(1996年)で、こうした「別の人格」の体験は、本人の信念、文化的な知識、セラピストの期待によって社会的に形づくられると論じました。前世の記憶をそのまま事実とみなす解釈に対して、現在の心理学が慎重なのはこのためです。
一方、語られる前世を事実の記憶とは主張せず、心のなかの物語やイメージとして扱い、自分の気持ちを見つめ直すきっかけに使う実践者もいます。
受ける前に確かめたいこと
- 医療の代わりにはならない:前世療法は、精神医学や臨床心理学で効果が確立された治療法ではありません。気分の落ち込み、強い不安、トラウマの症状などがあるときは、まず医師や公認心理師などの専門家に相談し、通院や服薬は自己判断でやめないでください
- 体調によっては避ける:精神的に不安定な時期は、催眠でつらい感情が強く出ることがあります。主治医がいる場合は事前に相談しておくと安心です
- 「思い出した」内容で人間関係を判断しない:前世の物語や、催眠中に出てきた家族の記憶を事実と決めつけると、誤解や対立のもとになります
- 料金と回数を確認する:高額な連続セッションをその場で勧められたら、即決しないことです
前世という考え方の背景については輪廻転生の用語解説、前世を占いとして楽しむ方法は前世・魂の来歴を占うや前世占いで紹介しています。
参考文献
- Morey Bernstein, The Search for Bridey Murphy, Doubleday, 1956
- Ian Stevenson, Twenty Cases Suggestive of Reincarnation, American Society for Psychical Research, 1966(第2版 University Press of Virginia, 1974)
- Ian Stevenson, Where Reincarnation and Biology Intersect, Praeger, 1997
- Ian Stevenson, "A Case of the Psychotherapist's Fallacy: Hypnotic Regression to 'Previous Lives'", American Journal of Clinical Hypnosis, 36, 188–193, 1994. https://med.virginia.edu/perceptual-studies/book-publication/a-case-of-the-psychotherapists-fallacy-hypnotic-regression-to-previous-lives/
- Brian L. Weiss, Many Lives, Many Masters, Simon & Schuster, 1988(ブライアン・L・ワイス『前世療法 米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』山川紘矢・山川亜希子訳、PHP研究所、1991年)
- Michael Newton, Journey of Souls, Llewellyn, 1994 / Destiny of Souls, Llewellyn, 2000
- Elizabeth F. Loftus & Jacqueline E. Pickrell, "The Formation of False Memories", Psychiatric Annals, 25(12), 720–725, 1995. https://doi.org/10.3928/0048-5713-19951201-07
- Nicholas P. Spanos et al., "Secondary Identity Enactments during Hypnotic Past-Life Regression: A Sociocognitive Perspective", Journal of Personality and Social Psychology, 61(2), 308–320, 1991
- Nicholas P. Spanos, Multiple Identities and False Memories: A Sociocognitive Perspective, American Psychological Association, 1996
この記事について
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