夢占いの原典をたどる ― アルテミドロス、周公解夢、フロイトで「歯が抜ける夢」を読み比べる
この記事のポイント
夢占いの「歯が抜ける夢は身内の不幸」はどこから来たのか。古代エジプトの夢書、アルテミドロス『夢判断の書』、敦煌写本も残る『周公解夢』、日本の夢買い説話、フロイト『夢判断』を原典で確かめ、伝統的な読みと現代の解釈を分けて紹介します。
「歯が抜ける夢は身内に不幸がある知らせ」という言い伝えは、日本の夢占いの本でもよく見かけます。たどってみると、この読みは2世紀ごろのギリシア語の夢解きの本と、中国の『周公解夢』の両方に、ほぼ同じ形で出てきます。一方、20世紀の初めにフロイトは同じ夢をまったく違うふうに読みました。
この記事では、夢占いの「原典」と呼ばれる本に実際に何が書かれているのかを確かめ、伝統的な夢解きの読みと、現代の心理学的な読みを分けて紹介します。夢を書き留めて自分で読み解く方法は、夢日記の書き方で別に解説しています。
3千年以上前から書かれてきた「夢の本」
夢の内容と意味を一覧にした「夢の本」は、非常に古くからあります。大英博物館が所蔵するエジプトのパピルス(EA10683、チェスター・ビーティー第3パピルス)は紀元前1220年ごろの写本で、「人が夢で〜を見たら、良い/悪い」という形で夢と吉凶が並んでいます。文章の言葉づかいから、元になった文書は中王国時代までさかのぼるとも考えられています。
旧約聖書の『創世記』第41章で、ヨセフがファラオの「7頭の肥えた牛と7頭のやせた牛」の夢を7年の豊作と7年の飢饉と読み解く場面もよく知られています。夢を神からの知らせとして読む考え方は、古代の地中海世界や西アジアに広く見られました。
アルテミドロス『夢判断の書』:同じ夢でも見た人によって読みが変わる
ギリシア語で書かれた夢解きの本のうち、完全な形で残っている唯一のものが、アルテミドロスの『夢判断の書(オネイロクリティカ)』です。著者は小アジアのダルディス出身でエフェソスに住んだ職業的な夢解き師で、2世紀後半から3世紀初めごろの人とされます。全5巻からなり、9世紀にはアラビア語にも訳されました。日本語では城江良和訳(国文社、1994年)で読めます。
アルテミドロスはまず、夢を2種類に分けます。空腹の人が食べる夢を見るように、いまの体や心の状態をそのまま映すだけの夢(エニュプニオン)は、未来について何も告げません。占う対象になるのは、これから起こることを示す夢(オネイロス)のほうです。また、同じ夢でも、見た人の身分・職業・年齢・健康によって読み方を変えるべきだと繰り返し説いています。
歯の夢は第1巻第31章で扱われています。アルテミドロスは口を家に、歯をその家に住む人々に見立てます。
- 上の歯は家の中で重んじられる人、下の歯はそれより立場の低い人
- 右側の歯は男性、左側の歯は女性
- 前歯は若い人、犬歯は中年、奥歯は年長者
そのうえで、どの歯が抜けたかによって、どのような人を失うかがわかる、と述べています。「歯が抜ける夢=身内の誰か」という読みは、少なくともこの時代にはかなり細かい規則になっていたことがわかります。
『周公解夢』:周公旦の名を借りた夢の書
中国で広く読まれてきた『周公解夢』は、周の政治家・周公旦の作とされますが、実際には後の時代に周公の名を借りて編まれた書です。宋代の書目『宋史』芸文志に名前が見え、敦煌からは唐代の写本の断片が見つかっています。現在出回っている版は、敦煌の写本とは章立ても文言も異なり、時代とともに書き換えられてきたものです。
通行本の「身体面目歯髪」の章には、歯について次の2句があります。
- 「歯自ら落つる者は父母凶」(歯がひとりでに抜けるのは父母によくない)
- 「歯落ちて更に生ずれば子孫興る」(抜けた歯がまた生えてくれば子孫が栄える)
アルテミドロスとよく似た読みが、まったく別の文化圏で書き残されているのは興味深い点です。ほかにも「棺に死人を納める(夢)は財を得る」「身に羽が生えて飛ぶ(夢)は大吉」のように、一見不吉な夢を吉と読む句が多いのが特徴です。中国語で棺(guān)が官、材が財に通じることから、棺の夢を出世や財と結びつける読みもよく語られます。
日本では夢は売り買いされた
日本の古い説話にも、夢を読み解く「夢解き」が登場します。『宇治拾遺物語』の「夢買ふ人の事」では、備中の郡司の子だった若者(のちの吉備真備)が、国守の子が見た吉夢を夢解きの女のもとで買い取り、その後大臣にまで出世し、夢を取られた側は出世できなかったと語られます。話は、夢をむやみに人に聞かせてはいけない、という教訓で結ばれています。
初夢の縁起として知られる「一富士二鷹三茄子」は江戸時代に広まったことわざで、由来には、徳川家康ゆかりの駿河の名物を並べたとする説、駿河で高いもの(富士山、愛鷹山、初茄子の値段)を並べたとする説など、いくつかの説があります。
フロイトとユング:夢は未来ではなく心を映す
近代に入ると、夢は未来の知らせではなく、見る人の心を読み解く材料として扱われるようになります。ジークムント・フロイトは『夢判断(Die Traumdeutung)』(1900年)で、夢を「抑圧された願望が形を変えて現れたもの」ととらえました。カール・グスタフ・ユングは1907年にフロイトと出会い、国際精神分析学会の初代会長を務めるなど一時は後継者と目されましたが、リビドーの考え方などをめぐって対立し、1913年に決別します。ユングは夢を、心が偏りを補おうとする働きや、人類に共通する元型の表れとして読みました。
フロイトは『夢判断』第5章で、多くの人が見る「典型的な夢」を取り上げています。
- 人前で裸でいて恥ずかしいのに動けない夢:周りの人は気にも留めていない、という点が典型的だとし、人前で裸になっても恥ずかしくなかった幼いころの記憶と結びつけました。
- 試験を受け直す夢:翌日に責任の重い仕事を控えているときに見やすいとし、実際には合格した過去の試験が選ばれることから、「あのときも心配したが大丈夫だった」という慰めの意味があると読みました。
- 歯が抜ける夢:長く解釈できなかったと認めたうえで、版を重ねるなかで、男性の場合は思春期の自慰への欲求と結びつける読みを加えています。
二人の考え方の違いや、その後の夢研究については夢日記の書き方で詳しく取り上げています。
同じ夢を伝統と現代で読み比べる
ここまでの原典の読みと、現代の夢占いでよく見かける読みを並べてみます。「現代の読み」の欄は、特定の原典に基づくものではなく、心理的な解釈として一般に紹介されることが多い読み方です。
| 夢 | 伝統的な読み(出典) | フロイトの読み | 現代の夢占いでよく見る読み |
|---|---|---|---|
| 歯が抜ける | 身内を失う。どの歯かで誰かがわかる(アルテミドロス 第1巻第31章)/父母に凶(周公解夢) | 男性では思春期の自慰への欲求 | 変化への不安、自信の揺らぎ |
| 抜けた歯がまた生える | 子孫が栄える(周公解夢) | — | 回復、立て直し |
| 空を飛ぶ | 身に羽が生えて飛ぶのは大吉(周公解夢) | — | 解放感、現状を抜け出したい気持ち |
| 棺・死人 | 棺に死人を納めるのは財を得る(周公解夢) | — | 区切り、古い自分の終わり |
| 人前で裸 | — | 恥を知らなかった幼いころの記憶 | 隠しているものを見られる不安 |
| 試験を受け直す | — | 「前も大丈夫だった」という慰め | 評価されることへの緊張 |
| 空腹で食べる | 体の状態を映すだけで、未来は告げない(アルテミドロス) | 願望がそのまま満たされる夢 | — |
表を見ると、伝統的な夢解きが「この先に起こること」を読もうとするのに対し、フロイト以降は「いまの心の状態」を読もうとしていることがわかります。どちらの読みも、夢を見た人の事情を抜きにして決めるものではない、という点はアルテミドロス自身も強調していました。
怖い夢を見たときに
夢占いの本には「この夢は凶」という読みも多く載っていますが、それは伝統的な解釈であり、夢の内容が実際の出来事を予告することを示した研究はありません。不吉な読みに出会っても、昔の人がそう読んだという記録として受け止めてください。
同じ悪夢を何度も見る、怖くて眠るのがつらい、日中の生活にまで響いている、という場合は、夢占いで意味を探すより、睡眠外来や心療内科などの専門家に相談することをおすすめします。
よくある質問
予知夢は本当にあるのですか?
夢の内容とその後の出来事が一致したように感じる体験は多く語られますが、外れた夢は忘れ、当たった夢だけを覚えているという記憶の偏りでも説明できるため、予知夢があることは確かめられていません。体験そのものは大切にしつつ、決めつけないのがよいでしょう。
夢占いの辞典はどれを選べばよいですか?
項目数よりも、その読みがどこから来たのかを示している本を選ぶと安心です。伝統的な読みを知りたいなら、アルテミドロスの翻訳のように原典に近いものを読むのがいちばん確実です。
関連ページ
参考文献
- アルテミドロス『夢判断の書』城江良和訳、国文社、1994年(CiNii Books NCID: BN11649015) https://ci.nii.ac.jp/ncid/BN11649015
- Artemidorus『The Interpretation of Dreams』Martin Hammond 訳、Peter Thonemann 序文・注、Oxford World's Classics, Oxford University Press(ISBN 9780198797951)
- 『周公解夢』通行本(維基文庫 所収本文) https://zh.wikisource.org/wiki/周公解夢
- 大英博物館 コレクション EA10683(夢の書のパピルス) https://www.britishmuseum.org/collection/object/Y_EA10683-1
- Sigmund Freud『The Interpretation of Dreams』A. A. Brill 英訳(第3版の訳)、Project Gutenberg https://www.gutenberg.org/ebooks/66048
- 『宇治拾遺物語』「夢買ふ人の事」
この記事について
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