ヴァストゥ・シャーストラ入門 - プルシャ・マンダラと8方位の神々で読むインドの建築論
この記事のポイント
インドの建築論ヴァストゥ・シャーストラを、『マナサラ』『マヤマタ』などの古典、81マスと64マスのヴァストゥ・プルシャ・マンダラ、8方位の守護神から解説。3×3に簡略化した間取りの読み方と、北向きの敷地の例も紹介します。
ヴァストゥ・シャーストラ(Vāstu Śāstra)は、住居・寺院・都市をどう設計するかを論じたインドの伝統的な建築論です。サンスクリット語の vāstu は「建物を建てる土地・住まい」、śāstra は「学問・論書」を意味します。「インドの風水」と紹介されることが多いものの、中国の風水とは別の系譜で生まれ、敷地の選び方から寸法の比率、柱や彫像の作り方までを扱う、技術書としての性格が強いのが特徴です。
この記事では、どんな文献が伝わっているのかを確かめたうえで、設計の土台となる「ヴァストゥ・プルシャ・マンダラ」と8方位の神々を説明し、最後に一般の住宅に当てはめたときの読み方を例で示します。
『マナサラ』『マヤマタ』と北インドの『サマラーンガナ・スートラダーラ』
ヴァストゥの文献は、サンスクリット語で書かれた建築・工芸の論書(シルパ・シャーストラ)の一部として伝わっています。代表的なものは次の3つです。
| 文献 | 地域・系統 | 成立年代 |
|---|---|---|
| 『マナサラ(Mānasāra)』 | 南インド | 定説はない。5世紀ごろとする説、7〜8世紀とする説、古い層に11世紀ごろまでの増補が重なったとみる説がある |
| 『マヤマタ(Mayamata)』 | 南インド(タミル地方)、シヴァ派の文献と結びつく | 定説はない。『マナサラ』とともに1千年紀後半にはまとまっていたとする見方が多い |
| 『サマラーンガナ・スートラダーラ(Samarāṅgaṇa Sūtradhāra)』 | 北インド | 11世紀前半、パラマーラ朝の王ボージャに帰される |
『マナサラ』は全70章の大部な書物で、英訳を刊行したP. K. アーチャーリヤは成立を500〜700年ごろと見ました。一方で、文献がいくつもの改訂を経た「改訂の改訂」だとして、層ごとに年代を分けて考える研究者もいます。『マヤマタ』はフランスのインド学者ブリュノ・ダジャンス(Bruno Dagens)が校訂・翻訳しており、住まいの敷地選びから寺院の壁の図像までを扱う論書です。『サマラーンガナ・スートラダーラ』は都市計画・住宅・寺院のほか、機械仕掛けの装置の章を含むことで知られます。
さらにさかのぼると、ヴェーダの祭式で祭壇を正確な寸法と方位で築いた伝統があり、これがヴァストゥの方位と比率の考え方の背景にあるとされます。
ヴァストゥ・プルシャ・マンダラ:81マスと64マス
ヴァストゥの設計の中心にあるのが、ヴァストゥ・プルシャ・マンダラと呼ばれる正方形の図です。敷地をこの方形に見立て、格子に区切ったマスの一つ一つに神々を配します。
神話では、大地を覆うほどの存在(ヴァストゥ・プルシャ)が神々に押さえつけられてうつ伏せに横たわり、その体の上に神々が座ったとされます。よく使われる型では、頭が北東、足が南西に向くと説明されます。
マンダラには分割の仕方の違う多くの型が説かれていますが、とくによく知られるのは次の2つです。
- パラマシャーイカ(Paramaśāyika):9×9=81マス。中央の3×3=9マスが創造神ブラフマーの座(ブラフマスターナ)
- マンドゥーカ(Maṇḍūka):8×8=64マス。中央の2×2=4マスがブラフマーの座
どちらを住宅に、どちらを寺院に使うかは文献や解説書によって説明が分かれます。中央のブラフマスターナには重い柱や壁を置かず、中庭や吹き抜けとして開けておくのがよいとされます。
8方位を守る神々(ディクパーラ)
マンダラの周縁には、8つの方位を守る神々(アシュタ・ディクパーラ)が配されます。神々の配当はヒンドゥー教の図像でもほぼ共通しています。
| 方位 | 守護神 | 神の性格 |
|---|---|---|
| 東 | インドラ | 神々の王。天候・雷 |
| 南東 | アグニ | 火の神 |
| 南 | ヤマ | 死者の王。裁き |
| 南西 | ニルリティ | 死・衰え・不運を司る |
| 西 | ヴァルナ | 水・海・天の秩序 |
| 北西 | ヴァーユ | 風の神 |
| 北 | クベーラ | 富の神 |
| 北東 | イーシャーナ | シヴァの一つの姿 |
3×3に簡略化した住まいの読み方
本来の81マスや64マスは寺院や大きな建物の設計に使うもので、一般の住宅についての現代の解説書では、敷地を3×3の9区画に分けて方位ごとに部屋の用途を当てる簡略版がよく使われます。代表的な割り当ては次のとおりです。
| 北西 | 北 | 北東 |
|---|---|---|
| ヴァーユ:客間・倉庫 | クベーラ:貴重品・書斎 | イーシャーナ:礼拝の場・水 |
| 西 | 中央 | 東 |
|---|---|---|
| ヴァルナ:食堂・子ども部屋 | ブラフマー:開けておく | インドラ:玄関・居間 |
| 南西 | 南 | 南東 |
|---|---|---|
| ニルリティ:主寝室・重い物 | ヤマ:寝室・収納 | アグニ:台所 |
(3つの表を上から順に北・中段・南の列として並べています。用途は現代の一般向け解説で多い割り当てで、文献や流派によって違いがあります)
割り当てには理屈があります。火の神アグニの南東に台所、水や聖性と結びつく北東に礼拝の場や井戸、重さで「不運を押さえる」とされる南西に主寝室や重い家具、といった具合です。北東は低く軽く開けておき、南西は高く重くする、というのがヴァストゥの解説でよく繰り返される原則です。
例:北側が道路に面した敷地
北側に道路がある長方形の敷地で考えてみます。
- 敷地を3×3に分ける。道路側(北)の3区画が北西・北・北東になる
- 玄関は道路のある北面に設けることになる。現代の解説では、北面の中でも北西の角に寄せず、中央から北東寄りに置くのがよいとされることが多い
- 北東の区画は庭や駐車スペースとして低く開け、井戸や水栓を置くなら北東に
- 建物の重い部分(2階部分や大きな収納)は南西に寄せ、主寝室も南西に
- 台所は南東、中央は廊下や吹き抜けにして重い壁を避ける
北に道路があると、北東を開けて南西を重くするという原則とそのまま合いやすいため、ヴァストゥの解説では北向きや東向きの敷地が好まれる傾向があります。ただし、インドとは気候も日の当たり方も違う地域でこれをそのまま当てはめるかどうかは別の問題です。
中国の風水・日本の家相との違い
方位に意味を割り当て、中央を特別視する点で、ヴァストゥは中国の風水や日本の家相と比べられます。ただし前提はかなり違います。
- ヴァストゥは方形の格子に神々を配し、その図に建物を重ねる幾何学的な方法をとる。風水は地形を読む巒頭と、方位と時間を読む理気を組み合わせ、八卦や五行で説明する
- 北東の扱いが正反対に見える。ヴァストゥでは北東はイーシャーナの聖なる方位で、水や礼拝の場を置くのによいとされる。日本の家相では北東は鬼門で、水回りを避ける方位とされる
北東の評価が逆になるのは、どちらかが誤っているからではなく、方位に意味を与える神話や思想がそもそも別だからです。風水の流派ごとの違いは風水の流派比較にまとめています。
現代インドでのヴァストゥ
ヴァストゥは現代のインドでも住宅や商業施設の設計で広く参照されており、ヴァストゥの相談を仕事とするコンサルタントも多くいます。一方で、天文学者や合理主義者の団体からは、科学的な根拠のない主張を含む疑似科学だという批判も出ています。通風・採光など気候に合った設計の知恵を含む面と、神々や方位の吉凶に基づく面を分けて受けとめるのが穏当でしょう。
インドで方位と並んで重んじられてきた占星術についてはジョーティッシュ入門で扱っています。
関連ページ
参考文献
- P. K. Acharya (tr.), Architecture of Mānasāra (Mānasāra Series), Oxford University Press, 1933–34(Wisdom Library 掲載の英訳)
- Bruno Dagens (ed. & tr.), Mayamatam: Treatise of Housing, Architecture and Iconography, 2 vols., Indira Gandhi National Centre for the Arts / Motilal Banarsidass, 2007(IGNCA)
- Adam Hardy (Sanskrit translations by Mattia Salvini), Theory and Practice of Temple Architecture in Medieval India: Bhoja's Samarāṅgaṇasūtradhāra and the Bhojpur Line Drawings, Indira Gandhi National Centre for the Arts / Dev Publishers, New Delhi, 2015
- Stella Kramrisch, The Hindu Temple, 2 vols., University of Calcutta, 1946(Motilal Banarsidass による復刻あり)
この記事について
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